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9月20日発売!『鉄道手帳[2019年版]』

臨時列車第2号は、『鉄道手帳』のご紹介です。

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昨日、刷りだしが届きました! 2019年版のジャケットおもて面は、DD51

◆11年目にして「全国鉄軌道路線図」を大改訂

いつも『鉄道手帳』をご愛用くださり、ありがとうございます。『鉄道手帳』編集部では2008年の発売以来、みなさまのご要望にお応えするべく種々の改良を加えてきましたが、2019年版では過去最大級の改良に踏み切りました。

『鉄道手帳』の顔ともいえる巻頭路線図の大改訂です。

『鉄道手帳』の巻頭路線図は、通常の路線図と異なり、貨物鉄道や路面電車を含む「全路線・全停車場(停車場)」を掲載、さらに線路のカーブや分岐、路線の重なりなど線形の特徴をなるべく再現することに意を注いできました。

幸い、この方針は刊行以来ご好評をいただいていますが、如何せん文字サイズが小さいのが難点でした。B6サイズという限られたスペースに収録するため、やむを得ない面もあるのですが、多くのユーザーの皆様同様、私も何とかならないものかと思っていました(近頃、老眼気味です)。

また、JR線以外の路線名が記載できていない点も問題として認識していました。これも時々ハガキでご意見をいただきましたが、潜在的には多くの方が改善を求めておられたことと思います。

◆「文字を大きくするだけ」とは言うけれど……

「文字を大きくするくらい、そんなに難しいことかなぁ?」と思われるかもしれません。

でも、これが大変なことなのです。作る側としては、なるべく触りたくない、できれば避けて通りたいくらいの難事なのです。

細かい説明は省きますが、ページレイアウトや路線の位置関係など、路線図を隅から隅まで見直す必要があるのです。編集・製作側としては想像するだけで目眩がしそうな作業です。

そもそもスペースが限られているので、文字サイズを大きくして果たしてうまく収まるかどうかもわかりません。下手をすれば、かえって見づらくなる可能性もあります。

こういうわけで、路線図大改訂の必要性を感じつつも、これまで先送りしてきたのですが、節目の10周年を経て、次の10年に向けて新しい一歩を踏み出すにあたり、長年の懸案を解決することにしました。

◆文字サイズアップ&私鉄ほかの路線名を記載

では、路線図のどこをどう変えたのか。大きな点でいうと2つあります。

1つはお察しのとおり、文字の拡大です。文字のサイズ(級数)を従来比1.3倍にし、書体(フォント)も変えました。体感的には130%以上大きく見えると思います。都心部など駅が集中した箇所の視認性が心配でしたが、レイアウトを変更するなどして解決しました。

もう1つは路線名の追加です。従来路線図では、JR線のみ路線名を記載し、私鉄ほかは会社名しか記載していませんでした。

これもやはり都心部がネックで、路線名を入れる余地がないほど路線が稠密な地域が多数あるため、すべての路線名があったほうがいいと思いつつも、記載を断念してきました。

が、せっかく全面改訂するのですから、この機会に貨物鉄道や路面電車も含め、全路線名を記載することにしました(『鉄道要覧』記載の路線名を標準としつつ、路線愛称や通称もなるべく入れています)。

前置きが長くなりましたが、ここで新旧路線図を見比べてみましょう。

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同じ倍率で比較しています。駅名が見やすくなり、JR線以外にも路線名が付いています

ほかにも、路線や駅の位置関係、路線の分岐や重なりを修正するなど、できるかぎりの改良を行ったつもりです。みなさまには長らくご不便をおかけしてきましたが、これまでの路線図と見比べていただくと、確実に見やすくなっているのがおわかりいただけると思います。ぜひお手にとってお確かめ願います。
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9月20日発売!『鉄道快適化物語』

ご無沙汰しております。鉄道手帳編集部です。

毎度のことで恐縮ですが、当ブログは波動輸送よろしく、季節ごとに臨時列車を運行する感覚で記事をアップしているため、僭越ながら「不定期連載」を堂々と謳っております。

が、いわゆる繁忙期に入りましたので、相変わらずの不定期ではありますが、しばらくはこまめに更新しようと思います。お時間のある方(加えて少しくらいの誤字脱字、勘違いはまあまあ許せるという方)は、しばし毒にも薬にもならない話にお付き合いくだされば幸いです。

さて、今月は鉄道本が3点出ます。ひと月に3点も出すのは初めてのことで、おかげでこの8月は盆休みどころか、土日祝日もほぼ返上する羽目になりましたが、いずれも情熱を傾けた甲斐のある一冊です。

1冊目は『鉄道快適化物語――苦痛から快楽へ』という本。今日、印刷会社から刷り出しが届きました。

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小島英俊著 四六判・272ページ 本体1,700円(税別)⇒画像クリックで書籍案内に飛びます

明治5(1872)年の鉄道開業からこのかた、日本の鉄道は飛躍的な進歩を遂げ、その国民性も相俟って独自の道を歩みつづけ、世界に誇るべき存在となりました。

その歩みのハイライトとして外国メディア等でよく取り上げられるのは、世界初の高速鉄道をはじめとする技術発展、緻密なダイヤとその正確な運行、他国には例を見ないほど多くの鉄道会社が共存することからくる多彩な車両群といったところでしょうか。

日本の鉄道の来し方や現在の立ち位置をみる場合、こうした技術や運行システムの発展と多様性はたしかに不可欠な要素ですが、本書はここに「快適性の向上」という視点を加えることを提案します。

ふだんから鉄道を利用しているとあまり意識しないものですが、日本の鉄道はけっこう快適にできていると思うのです。もちろん、大幅な列車遅延や通勤ラッシュなど、もう少しどうにかならないかと思うこともありますが、見方を変えればそのほかのことが気にならないほどに整っているとも言えます。

ところが、今から130年ほど前、東海道線が全通したばかりの頃の列車旅行はまったく様相が異なっていました。本書の「はしがき」から引用してみます。


今の普通車に該当する三等車の座席は板張りで固くて狭いし、ランプ照明は暗くて頼りない。冷暖房などという文明の利器はなく、夏は蒸し暑く、冬は薄ら寒い。トイレは少なくて、しかも垂れ流し式で御世辞にもきれいとは言えず、当然臭う。車外への「黄害」も問題であった。さらには汽車であるから、煤煙にも悩まされる。まさに苦痛の長旅であった。


大変な時代ですよね。著者の小島さんによれば、「旅行を意味する英語のtravelは、フランス語のtravailに語源があるといわれ、travailには「苦痛」という意味もある」そうですが、当時の列車旅行はそれを体現するものであったのです。

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明治時代の3等車

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山陽鉄道の1等寝台車

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オリエント急行の個室

ふたたび「はしがき」からの引用。


こうした時代を経て、列車の快適性は徐々に向上していった。座席のサイズや材質は少しずつ改善されて、少々の長旅にも耐えうるものとなったし、やがて夜行客のための寝台車も出現した。半日以上に及ぶ長時間の乗車ともなれば食事が欲しいところで、食堂車やビュッフェも登場した。これは単に空腹を満たすのみならず、新たな旅の楽しみを提供した。さらに、実際にその恩恵を蒙る人は多くないであろうが、展望車やラウンジカーも現れた。鉄道の快適化のシンボル的存在といえよう。

車内設備の変遷も目を見張るものがある。車内照明は、灯油ランプ、ガス灯を経て、蛍光灯、LED照明となった。暖房は比較的早くにスチーム暖房が導入されたし、それに比べると時間はかかったが、通勤冷房車も当たり前となった。トイレも清潔になり、今や世界の先端を行く。

世界に誇る新幹線は、海外では考えられないほど高頻度で運行し、旺盛な旅客需要に応えつつ、定時運行を実施している。あまりにも速いので、往時嫌われたSLの煤煙が今や懐かしいほどである。


というわけで、長くなってしまいましたが、本書ではこうした「快適性向上」の歩みを、テーマを立てて具体的に辿ります。安全性やスピードの向上はもとより、乗り心地の改善、車内設備の進化、果てはあこがれの豪華列車まで、さまざまな観点から日本の鉄道の進歩を考察しています。

本書発売は9月20日です。よろしくお願い申し上げます。

5月25日発売!『近代日本の旅行案内書図録』

ご無沙汰しております。

今回はいわゆる鉄道本ではありませんが、かなりの程度鉄道に関係のある本なので、ここで紹介させていただきます。

荒山正彦著『近代日本の旅行案内書図録』(5月25日発売)

明治初期から太平洋戦争期までに刊行された〈旅行案内書〉の系譜を初めて体系化した図録で、旅行・観光から近代日本のすがたを浮かび上がらせる、まさに資料性と鑑賞性を兼ね備えた一冊です。

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荒山正彦著『近代日本の旅行案内書図録』(5月25日発売)


●近世の出版文化を継承した〈旅行案内書〉

明治以降、日本では多種多様な旅行案内書が数多く出版されました。近世の道中記や図会の伝統を継承した日本の旅行案内書は、同時代のヨーロッパで刊行されていた旅行案内書に勝るとも劣らない出来映えで、見る者に新鮮な驚きを与えます。

当時ヨーロッパでは、ドイツのベデカー社やイギリスのマレー社が、鉄道案内や名所案内、地図などを収録した旅行案内書を出していました。これらは同時代にあっては充実した内容であったといえますが、文字情報の比率が高く、読み込むにはそれなりに努力が必要でした。

日本の旅行案内書もヨーロッパのそれを範としたはずですが、日本では先の要素に加えて挿絵や鳥瞰図など図表現が積極的に取り入れられ、誰にもわかりやすい、旅情を誘う案内書がたくさん生み出されました。その底流には、江戸時代に江戸・京都・大坂で培われた出版文化があったと言っていいでしょう。

●当時の製作者たちに脱帽

造本もまた工夫が凝らされていて、函入り・布クロス装の上製本、描き下ろしのイラストがあしらわれた表紙、見返しに描かれた美しい風物画、多色刷りの図絵、折込の地図や路線図など、当時の製作者たちの丁寧な仕事ぶりが随所に窺えます。

明治中期以降、鉄道が各地に敷設されるようになると、鉄道管理局や各地の鉄道局が旅客需要喚起のためにこぞって旅行案内書を出したこともあり、まさに百花繚乱の時期を迎えました。

この頃には沿線案内のみならず、たとえば社寺詣でや郷土玩具を主題とする案内書や、旅程と費用概算に特化した案内書など、多様なニーズに応える本も生み出されました。外地や植民地、外国の旅行案内書も出版されました。

本書には、こうした旅行案内書の表紙(裏表紙)、扉、本文、地図、挿絵、広告などの図版600点超が収録されています。眺めるだけでも楽しいのですが、多種多様の旅行案内書を通して、近代日本の旅行の様子、旅行文化の成熟過程に思いを馳せていただければ幸いです。

以下のページに本文を確認できるアルバムがあります。
創元社 Facebook アルバム:『近代日本の旅行案内書図録』刷りだし見本

12月新刊『えきたの』発売!

またまた更新をサボッてしまいました。

今年こそは、せめて『鉄道手帳』販売期間中はブログトップに広告を出さないようにしようと思っていたのですが(1ヵ月間更新がないとブログトップに広告が出るのです)、またしてもやってしまいました。ちょくちょく訪問してくださった皆さん、申し訳ありません。

例によって、鉄道本その他の編集作業に没頭していて余裕がないのですが、新刊が出ましたので、すくっと立ちあがって紹介させていただきます。

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伊藤博康著『えきたの 駅を楽しむ〈アート編〉』 A5判オールカラー188頁、1700円+税

「『えきたの』って何?」と思った方、ご安心ください。知らなくても大丈夫です。これは伊藤氏の造語で、「駅を楽しむ」を略したもの。その名のとおり、今回は車両ではなく、駅そのもの(と駅前の風景)を楽しみましょう、という本です。

私は知りませんでしたが、鉄道趣味の分野では、古くから夜間撮影のことを「よるたの」と呼んでいたそうです。フィルム感度が低い時代は夜の撮影は難しく、フィルムの無駄遣いになりがちなので、夜の撮影は避けられていたのですが、悪条件を乗り越えてあえて夜に撮影しようという方もいました。

いまよりも明かりが少なかった時代、月の光や、駅舎やホームに灯る頼りない明かりを活かしての撮影は、おそらくは試行錯誤の連続で、撮影を繰り返すなかでいろいろな知恵が生まれたのではないかと想像します。きっと撮影に関する知識も技術も格段に上がったことでしょう。

こうした挑戦は、夜に撮影を楽しむことから「よるたの」と呼ばれていたそうで、そういう時代を知る著者・伊藤氏は「駅を楽しむ」というテーマを着想したとき、「えきたの」という言葉を思いついたそうです。

最初にタイトル案を聞いたときは、杉下右京よろしく「はい?」と口に出しそうでしたが(出たかもしれません)、理由を聞いて納得。造語なので、若干の不安もありましたが、語感も見た目のインパクトもいいし、装丁を見ていただければ駅の本であることは伝わるだろうと考えて、そのまま進めました。

有料の鉄道趣味サイト「鉄道フォーラム」の代表を務める伊藤氏は、仕事柄、全国各地の鉄道に乗ってきました。しかも人に会って話を聞いたり、写真を撮影するので、ただ乗り通すのではなく、たくさんの駅に下りています。私が連絡すると、たいてい出張先ですから、1年間だけを切り取っても相当の駅に出逢っているはずです。

そういう伊藤氏がこれまで出逢った駅のなかから特に印象深い駅を集めたのが本書で、今回はのべ89駅を取り上げています。キャラクターのいる駅、建築美を誇る駅、駅の周囲に素敵な景色が広がる駅などなど、他ではお目にかかれないユニークな駅を写真主体で紹介します。



さて、肝心の中身ですが、とやかく言うよりも、サンプルページをご覧いただくのがいいでしょう。ウェブ用に画質をかなり落としているため文字はよく見えませんが、おおよその感じをご確認くだされば幸いです(あと、校了前のデータなので、間違いがあったらすみません)。

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土佐くろしお鉄道ごめん・なはり線の「後免駅」。各駅にやなせたかし氏がつくったキャラクターがいます。徹底していますね。

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お次は大井川鐵道大井川本線の「神尾駅」。たぬきの置物がみごとに周囲の景色に溶け込んでいますね。

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和歌山電鐵貴志川線の「貴志駅」に鎮座まします「たま大明神」。猫が駅長になって、県の観光大使になって、果ては大明神。

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巨大な遮光器土偶なトレードマークのJR東日本五能線の「木造駅」。土偶は駅近くの亀ヶ岡遺跡で発見されました。

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駅舎からディーゼルカーが飛びだすJR西日本北陸新幹線の「糸魚川駅」。後ろの赤レンガ車庫は大正元年につくられた年代物。

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巷でインスタ映えする駅として有名なJR四国予讃線の「下灘駅」。この次のページにも、いい写真が入っています。

まだまだご紹介したいところですが、かえって興を削ぐといけませんので、今日はこのぐらいでやめておきましょう。と言いつつ、最後に1枚。

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スクリーンのような滑らかな青空と、濃淡のある緑、土色のバラストが絶妙な味わいを生む、由利高原鉄道鳥海山ろく線の「吉沢駅」。

年内はまだまだ急ぎの仕事が残っていて、あと何回更新できるかわかりませんが、『鉄道手帳』関連も含め、何とか更新したいと思います。書きたいことはいっぱいあるんですけれどね……。

1枚の布から

今日は週明けの席移動に備えて、午後から机まわりの整理をしていました。ふだんの整理が悪いので、大掃除の様相です。周囲のみなさん、どうもすみません。

いらなくなったゲラを処分していると、ほとんど忘れていた資料がポロポロ出てきました。企画として実現したものもありますが、立ち消えになった構想もたくさんあります。そういうのを見つけるたびに、苦虫をかみつぶしたような気分を味わいました。

それはさておき、引き出しを整理していたら、こんなものが出てきました。

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原鉄道模型博物館で購入したウルトラマイクロファイバー

原信太郎氏のコレクションの現物を初めて見たのは、博物館が開館する3年ほど前だったと思います。たまたま寄った「大阪くらしの今昔館」で特別展が開催されていて、原氏の声望はかねて聞き及んでいたので、迷うことなく入場しました。

残念ながら信太郎氏の姿を見かけることはありませんでしたが、コレクションの質の高さにただただ圧倒されました。実際の電車と同じように架線から電力を得て走るように作られ、複雑なギアも忠実に再現されていますから、いずれも精巧をきわめた一品です。

これほどのクラスになると、既成の部品などありませんから、道具や治具も手作りとなるわけで、綿密な計算と気の遠くなるような手間がかかることは想像に難くありません。あまりに感銘を受けたので、鉄道模型はやらないのですが、ついつい高額な写真集まで買ってしまいました。

(なおこのとき、当時、国土交通大臣の要職にあった前原誠司氏も見学されていました。お付きの人は1人でお忍び見学のようでした。)

信太郎氏とはその後もお目にかかる機会がなく、原模型博物館で開かれたお別れ会に出席させていただきました。信太郎氏のお人柄を示すかのように賑やかな会で、信太郎氏の好物であった牛肉やコーラが振る舞われました。牛肉もコーラも大好きな私は、偉大な趣味人とのあいだに共通点があったことが嬉しくて、その日のことをよく覚えています。

以上、1枚のマイクロファイバーからいろいろなことが思い出される、というお話でした。

明日は名古屋に行ってきます。