京都鉄道博物館チラ見せ

先日ご報告しましたように、来年4月29日開業予定の「京都鉄道博物館」の報道各社向けの見学会に参加しました。

受付で社名を告げ、貸与されたヘルメットを被り、班ごとに案内していただいたのですが、幸運なことに、私たちの班の案内役はJR西日本本社広報部・開業準備室のF課長でした。

F課長は今回の開業プロジェクトの立役者で、しかも生粋の鉄道好きですから、展示物をはじめ館内のあらゆることに通じています。何を説明するにも要を得ていて、説得力があるのです。

まだ工事車両が行き交うエントランス部分から現場入口に向かう途中、「みなさんのほうがよくご存じでしょうから、いろいろ教えてください」と冗談交じりにおっしゃっていましたが、とんでもない。

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エントランスはまだ工事中のため、プロムナードから入りました。

以前、ある企画についてご相談するため本社に伺ったことがあるのですが、そのお話の端々に鉄道に関する深い知識と見識が垣間見えました。京都鉄道博物館の展示車両一覧を見るだけでも、その一端が窺えると思います(たまたま残っていた車両を集めただけではありません)。

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エントランスと本館をつなぐプロムナード。鉄道の高速化を切り拓いた車両が迎えてくれます。

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レア写真。0系食堂車の脱出口。この目で見たのは初めてです。見学会用に開けてくださったようで、ふだんは開ける予定はないとのこと。

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トワイライトプラザにはEF58形150号機とEF81形103号機が展示されています。上屋は二代目京都駅のもの。

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交通科学博物館の第2展示場にあったDD54。同じく交通科学博物館で食堂として使われていたナシ20形と連結されています。

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本館1階に鎮座する500系、581系、489系。ボンネットは「本来開くのだから、開くようにしよう」というF課長の一言で封印が解かれたとか。

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現存最古の国産蒸気機関車230形233号機。ピカピカに磨き上げられています。後方のナンバープレートは、同一番号のものが1つだけあるそうで、「探してみてください」とのこと。

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EF66形はかさ上げされて、下から眺められるようになっていて、さらに車両下の通路からは足まわりがしっかり見えます。

写真はほかにもたくさん撮りましたし、面白いお話もいくつも伺いましたが、興を削ぐといけませんので、あとはご自分の目でお確かめください。開業からしばらくは大混雑が予想されますが、一見どころか百見の価値があると思います。
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トワイライトエクスプレスのアメニティ・グッズ

先日、新しい本棚が届いたのを機に蔵書の整理をしていたら、こんなものが見つかりました。

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トワイライトエクスプレスのアメニティ・グッズです。2001年夏に乗った時のものなので、最近のものとは仕様が異なるかもしれません。中にはこういうものが入っていました。

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左上からシャンプー・リンスセット/JRロゴ入りケースに入った石けん/整髪料・ローションセット/くし/ヒゲ剃り/シャワーキャップ/洗顔フォーム・化粧水・乳液セット

この時は二人で乗っていたので、シャンプーとリンス以外未使用のセットを残すことができました。とくに値打ちがあるわけではありませんが、これを見ると当時のことが思い出されます。

それまでにも北海道に行ったことは何度かありましたが、いずれも仕事で、札幌駅と北大近辺しか歩いたことがなかったので、長期休暇をとって北海道を満喫しようと思い立ったのがはじまりです。どうせ行くならラベンダーが満開の頃にしたかったのですが、どうしても休みがとれず、ラベンダーがかろうじて残っている時期になってしまいました。

ようやく長期休暇がとれる目処がたって、某旅行代理店に旅程を相談しに行きました。この時は大阪から飛行機で行くつもりでしたが、ひと通り提案を聞いたあと、ものは試しと「トワイライトエクスプレスで行きたいんですが……できれば個室で」と窓口の男性スタッフに切り出しました。

すると男性スタッフは、「え、トワイライトエクスプレス? そういう手もありますが、人気列車ですからねぇ、とてもとても……飛行機のほうが確実ですよ」。

そりゃそうです。ラベンダー満開時期ではないにせよ、まだまだハイシーズンですから、個室チケットなんてそう易々と手に入るものではありません。しかも、何の計画もなしに「この日に行きたいんですが」と言うのですから、無理な話です(乗車1ヵ月前はとうに過ぎていました)。

「でも、試しに調べてみましょうか。たぶんないと思いますけど」。くだんのスタッフは椅子をくるりと回転させると、後方の端末を叩きはじめました。

少し経って、男性スタッフがびっくりした顔で窓口に戻ってきました。「ありました! ありました! 奇跡です! A個室ロイヤルが1つだけ空いてますよ。この時期に信じられません! キャンセルが出たのかなぁ。どうします? 押さえます? 」

もちろん返事はイエスです。男性は返事を聞くやいなや、すぐさま端末に向かい、カタカタと打ちはじめました。私は固唾を飲んで男性が戻ってくるのを待っていました。

大して時間はかからなかったはずですが、やけに長く感じました。もしかしたら、どこかでもう予約が入ったかもしれない。じつは見間違えで、本当は空いてなかったんじゃないかとか、いろいろ考えた覚えがあります。

やがて男性スタッフが戻ってきて、やや興奮した面持ちで「予約とれました! 運がいいですね。こんなの初めてですよ。ロイヤルは1人個室ですが……あ、ちがった。エクストラベッドがあった。お二人でご乗車になれますよ」と報告してくれました。

私ももちろん嬉しかったのですが、あっけなく取れたので、「ありがとうございます!」とは言ったものの、何だか狐につままれたような気分でした。なにせ、まったくの無計画で、ふらりと寄った旅行代理店でピンポイントで予約がとれたのですから。

でも、手続きを進めるとだんだん実感が湧いてきました。夕食は、せっかくなのでフレンチのフルコースを予約しました。トワイライトエクスプレスに乗れる日が来るとは思っていなかったので、旅程だとかサービスについては詳しく知らなかったのですが、たぶん、この好機を逃してなるものかと思ったのでしょう。私にとって、生まれて初めて食べるフレンチのフルコースとなりました。

あの時、あの代理店に立ち寄ってみて本当によかったと思います。この時チケットが取れなかったならば、私は一度もトワイライトエクスプレスに乗る機会がなかったかもしれません。そして、もしこの時に乗っていなかったならば、ダイナープレヤデスを主役にした本を作ろうとは思わなかったでしょう。

……というわけで、長々と私事を綴りましたが、『ダイナープレヤデスの輝き』は好評発売中です。一時品切を起こしましたが、すでに重版が出来上がっているので、店頭で見つからなくても、ご注文をしていただければ、すぐにお届けできます。あらためまして、よろしくお願い申し上げます。

pleiades_160pix.jpg 『「トワイライトエクスプレス」食堂車 ダイナープレヤデスの輝き――栄光の軌跡と最終列車の記録』 A5判・184頁/本体価格1500円(税別)

「北斗星」、廃止へ

今朝の読売新聞によれば、JR東日本とJR北海道が「北斗星」を2015年度中に廃止する方針を固めたとのこと。JR両社による発表はまだのようですが、記事では「近く発表する」とされています。

もちろん驚きましたが、2016年春の北海道新幹線開業にともない「北斗星」が廃止されるのではないか、という話は以前からありましたので、来るべきものが来たか、の感もあります。でも、本当に……?

読売の記事は廃止の理由を「新幹線の試験運行が行われるほか、車体の老朽化などが進んでいるためだ」としています。また、共同通信記事では「客車の老朽化に加え、2016年春の北海道新幹線開業に向け青函トンネルなどで工事や走行試験があり、運行時間の確保が難しくなるのが理由」としています。

夏場などに臨時列車として運行される可能性はあるようですが、寂しいかぎりです。

なお、このブログを更新する前にネットでざっと調べたところ、他紙も続々と報道しています。ただし、全部を確かめたわけではありませんが、読売の記事以外は、共同通信の配信記事のようです(北海道新聞もそうでした)。

「北斗星」は1988年3月、青函トンネルの開通に伴い、上野~札幌間をむすぶ定期列車と季節列車として新設されました。全盛期には1日3往復の運行があり、オール個室化や盛岡~八戸間の第三セクター鉄道化、八戸~青森信号場・青森間の第三セクター鉄道化を経て、現在は毎日1往復(運休日を除く)が運行されています。

『鉄道手帳[2015年版]』の資料「寝台特急パーフェクトガイド」では、その運転概要、沿革、車両編成、見所を紹介していますので、これから「北斗星」に乗ろうという方は(いや、その予定がなくてもこれを機に)、ぜひご一読ください。もっとも、いまでも寝台券が取りづらい状況ですから、これから寝台券を取るのは至難の業でしょうが。

エスカレーター問題、補足。

前回記事では、関西におけるエスカレーターの「右立ち」について書きましたが、その後、大事なことがわかりました。大事なことなので、前回記事への追記ではなく、独立した記事にしてご説明します。

前回記事を書き上げたあと、一般社団法人日本エレベーター協会(エスカレーターも対象になっています)のホームページをあらためて見たところ、片側空けに伴う危険性の周知と歩行禁止のキャンペーンを行っていることを知りました。恥ずかしながら、これまであまり意識していませんでした。

また、今年の7月22日から8月31日までは、鉄道事業者42社局と日本エレベーター協会などにより、エスカレーター「みんなで手すりにつかまろう」キャンペーンが実施されていました。

すでにキャンペーンは終わっていますが、エスカレーターの安全な使用に関わることなので、ここに引用します。


 お客さまに駅等のエスカレーターを安全にご利用いただくために、2014年7月22日(火曜)から、全国の鉄道事業者42社、商業施設、森ビル、(一社)日本民営鉄道協会、(一社)日本エレベーター協会と共同で、エスカレーターの安全利用を呼びかけるキャンペーンを実施します。
 昨今駅等においては、お客さまがエスカレーターをご利用になる際に、ご自身でバランスを崩して転倒されたり、駆け上がったり駆け下りたりした際に他のお客さまと衝突し転倒させるなどの事象が発生しています。また、エスカレーターで歩行用に片側をあける習慣は、片側をあけて乗ることのできないお客さまにとって危険な事故につながる場合もありますので、みんなが安心してエスカレーターを利用できるよう「みんなで手すりにつかまろう」等の呼びかけを実施します。


片側を空けて乗るということは、急いでいる人の歩行を促すため、何らかの理由で片側立ちがしにくい人や、歩行者当人にとって危険である、ということですね。たしかにそのとおりです。猛烈な勢いで上り下りする人が、横に立つ人にぶつかりそうになることはありそうです。

輸送効率の点から考えても、このほうがいいのかもしれません。片側空けは、急いでいる人にとってはありがたいことですが、「輸送量(数)」を考慮するなら、片側だけで人を運ぶよりも、両側を使ったほうが効率がいいはずです(目的地への到着時間はともかく)。

また、エレベーター協会では触れていませんが、エスカレーター本体にとっては、片側立ちよりも両側立ちのほうがバランスがよく、もしかしたらメンテナンスの面でも影響があるのかもしれません。

長年の習慣を急に変えるのは難しいし、いろいろな意見があることと思いますが、片側立ち(空け)にはこうしたリスクがあることを知っておいていただければ幸いです。

なお、前回記事は片側空け(立ち)の現象の理由を紹介したものであり、片側空けを推奨したものではありませんので、そのままにしておきます。

エスカレーター問題、ふたたび。

今朝の「モーニングバード」(テレビ朝日)でエスカレーター問題を扱っていました。東京は「左立ち」なのに、なぜ大阪は「右立ち」なのか、という私にとっても積年の疑問です。

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番組の取材によれば、エスカレーター「右立ち」が行われているのはもっぱら関西で、東は滋賀県(VTRで見るかぎり、米原駅は右立ち、大垣駅は左立ちでした。ちなみに関ヶ原駅にはエスカレーターがありません)から西は兵庫県までに「右立ち」ルールないしマナーが広まっているとのこと。関西以外では、徳島県と高知県、宮城県が「右立ち」だそうです。

では、なぜ関西では「右立ち」なのか。「右立ち」はいつ頃から始まったのか。以前、私は当ブログで「阪急電鉄発祥説」が有力だと思うと書きましたが(前回記事「エスカレーターは右立ち、左立ち?」)、今回それを確かめることができました。

番組が取材した文化人類学者の斗鬼正一教授(江戸川大学)によれば、1967年に阪急電鉄がエスカレーター(いわゆる「動く歩道」、ムービングウォークのことだと思います)を設置した際、通行をスムーズにするため、急いでいる人のために左側を空けるように(つまり右側に立つように)アナウンスを入れたことがきっかけだそうです。

「右立ち」を採用した理由はわかりませんが、ともかくこのアナウンスは1998年頃まで流されていたそうで、私も聞き覚えがあります。

ただ、これだけで関西に「右立ち」が広まったわけではないようで、斗鬼教授によれば、阪急電鉄のアナウンス開始から3年後、1970年に大阪で開催された「日本万国博覧会」が普及の決定的な契機になったそうです。

世界中から観光客を迎えるにあたり、混乱のないように、エスカレーターについては世界中で採用されている「右立ち」を導入することになった、ということのようです。日本では圧倒的に「左立ち」が多いのですが、じつは「右立ち」がグローバル・スタンダードなのです。

では、なぜ日本では「左立ち」が主流なのか。斗鬼教授によれば、国鉄時代からずっと左側通行なのだが、それは自動車の左側通行と関係があるとのこと。なるほど、たしかに日本では自動車は左側通行で、高速道路等では右側が追い越し車線になっています。鉄道も左側通行ですね。

世界の例を見てもそうらしいのですが、例外もあります。イギリスでは、自動車は日本と同じ左側通行ですが、エスカレーターは「右立ち」です。

イギリスで「右立ち」になった理由は定かではありませんが(エスカレーターが導入された当初、右側にしか手すりがなかったからという説があるそうですが、私はまだ確かめていません)、その起源はわかっています。1921年に「stand on the right」という案内放送が導入(右立ちの表示は第二次世界大戦中に導入)されたのがはじまりだそうです(wikipedia英語版)。

エスカレーターについては、他にも気になることはありますが、ともあれ当ブログでは「関西におけるエスカレーター右立ちのはじまりは阪急電鉄であり、その普及は大阪万博による」と結論づけておきたいと思います。


《追記》
(1) 宮城県において「右立ち」が普及している理由としては、番組では仙台市営地下鉄のエスカレーターで「右立ち」が行われているからと説明していました。そう言われれば、むかし仙台に出張に行ったとき、右立ちだったので驚いた覚えがあります。

(2) 関西はみんな「右立ち」かというとそうでもなく、たとえば京都駅は右立ちと左立ちが混ざっているように思います。これは各地からの観光客が多いことが関係しているのでしょう(たぶん)。

(3) 阪急電鉄がムービングウォークで「片側立ち」を推奨した理由としては、まず関西人のせっかちな気質があると思います。私が子供の頃、大人たちが左側をものすごい勢いで歩いていたのを覚えています。

(4) 肝心の「右立ち」の理由ですが、私は単にイギリスに倣ったのではないかとひそかに考えています。というのも、阪急百貨店は世界初の電鉄系デパートですが、イギリスの高級百貨店ハロッズを参考にしているように思われるからです。端的な例はロゴです。百貨店のロゴは、紙袋や包装紙にも使われ象徴的な意味をもちますが、阪急百貨店のそれはハロッズにそっくりです。

また、阪急百貨店は大々的な「英国フェア」を頻繁に開催します。当初からイギリスびいきなのか、京阪神の富裕客層を意識してのことか知りませんが、「なんとなくイギリス的」な感じがします。だから阪急電鉄はイギリス式にならったのではないかと思うのですが、根拠が薄弱ですかね。