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『鉄道の基礎知識』の話(3)

前回、所澤氏が大奮起したために原稿枚数が大幅に増えてしまったというお話をしました。スケジュールや体裁の変更のことはともかく、内容が充実するなら良しと思ったのですが、事はそう簡単ではありませんでした。

何しろ写真も含めて50万字以上の原稿ですから、読み通すだけでも一苦労ですが、加えて写真のレイアウトがあります。本書の帯にも謳っていますが、写真・図版合わせて700点以上もありますから(細かく数えると750点くらいあったと思いますが、正確に数え直すのはしんどいのでやや控えめに表現しました)、相当根気が必要です。

幸い、所澤氏がだいたいのレイアウトを指定してくれたので、大きな混乱はありませんでしたが、それでも「この写真はもっと大きくバーンと行こうよ」だとか、「この写真はほんの、ホントにわずかだけれど、水平がおかしい気がする。ちょっとだけ右側を下げてくれないかな」「ここはあと2㎜ほどカットする」だとか厳しい指示が飛んできます。鉄道本の編集をするのが初めてということもあって、多分に私の要領が悪かったせいだとは思いますが、氏のこだわりには参りました。

とはいえ、氏の言うとおりにすると、たしかにきっちり収まるのです。ほかの写真とのバランスも良く見えます。さらに写真の拡大・縮小にともなって本文字数が増減するのですが、それすらもだいたい見切って指定してくるのです。レイアウトのセオリーとかは勉強したふうではないし、細かい計算もしていないはずですが(そういう性格ではない)、おそらく長年の経験からくる勘でもってこなしているのでしょう。おそるべき才能です。

本文にかんしていうと、所澤氏はきわめて仕事がしやすい人です。きっちり推敲してから原稿を出してくださるので、原稿の完成度が高いのです(その分、時間はかかりますが)。ワープロ原稿だと打ち間違いや誤変換が多かったり、勢い一文が長くなり読みにくくなったりすることがあるのですが、氏の場合はそういう心配はあまりありません。ともすると「打ちっ放し」で原稿を提出する人がいますが(このブログもそうですが……)、氏の場合はそういうことはまずありません。原稿提出も、「自分の手で確実に納品したい」ということで、わざわざ弊社まで届けてくださります。まさに職人気質です。

ただ、IT関係にはひどく消極的で、メールはほとんど使いません。メールで連絡がとれると明らかに作業がスムーズに進む時があるのですが、出会った頃は「メールを使ったことがない。ネットもつないでいない」という次第で、一昨年ぐらいまでは、メールソフトやパソコン操作一般について何度も電話で質問を受けたものです。いまでは自分からメールを送ることはないものの、「メールを送りましたよ」と電話するとメールをチェックしてくれるようになりました。

また、ワープロソフトはそれなりに使いこなしているようですが、表計算ソフトは使ったことも、使う気もないらしく、複雑な表の原稿も一太郎のみで仕上げられています。出来上がった表はきちんとしていて見やすいのですが、データを見ると、文字と文字の間はひたすらスペース入力で(ワープロソフト付属の表作成機能も使いません)、そのままでは入稿(印刷所に原稿を入れること)はおろか、原稿整理もままなりません。したがって、私のほうでいちいち表計算ソフトに落として作業をしやすくするのですが、けっこう手間がかかります。『鉄道手帳』に出てくる表も、毎度「一太郎」で入ってきます。ああ、表計算ソフトを使ってくれないかなぁ……。
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『鉄道の基礎知識』の話(2)

前回、所澤氏と顔合わせをし、意気投合したところまで書きました。改札で所澤氏を見つけた時は、事前に読んでいた氏の著作から受ける印象とはだいぶ違ったので戸惑いましたが、基本的には明るく気遣いのある人[注1]なので私の緊張も徐々に解けていき、帰る頃には雑談を楽しむまでになり、充実した気持ちで社に戻ったものです。

とはいえ、弊社ではじめての鉄道本ですから(企画書を出したのはこの本が先。実際にはじめて出した鉄道本は『鉄道手帳[2009年版]』)企画を提案する時はいろいろ悩みました。前にも書いたように、鉄道本を販売した経験がないわけですから、内容の良さとは別に説得材料が必要です。幸い、氏の著作には一定の販売実績がありましたので、この点は助かりました。ただ、それが弊社にそのまま当てはまるかというと、それは別の話です。過去の数字は、著書の良さもさることながら、ある程度の販売ノウハウもあったからこその数字です。新しいジャンルを切り拓こうとする時は、常にこうした壁が立ちはだかるものです。

こういう時は一席ぶつしかありません。むろん、それなりの施策は述べますが、なによりも担当者としての想いを語らねばなりません(と私は思います)。この本の良さ、この本を自社から出す意味、販売可能性、このジャンルの将来性、先々の計画といったことを(多少ハッタリをかましつつ)熱意をもって伝えるわけです。

と書くと若干カッコイイ気がしますが、実際は冷や汗、脂汗たらたらで、会議が終わったときはどっと疲れました。これでもしコケたら、所澤氏に合わす顔がありませんから、内心は「必死のパッチ[注2]というやつです。

幸い企画は可決され、『鉄道の基礎知識』を世に出すことができましたが、もしこのとき企画が通っていなかったら、『鉄道手帳』も作れなかったかもしれません。

企画を通した後、ふたたび所澤氏と打ち合わせをしました。本の内容は、山海堂から出ていた『鉄道雑学のススメ』をベースに、入門書としてより内容を充実させること、目次はこんな感じ、頁数はB6判で288頁、価格はこれくらい……というような話を詰めて、一杯飲み。二人とも良い気分でした。

ただ、このあとがよろしくありません。当初予定では『鉄道雑学のススメ』に大幅な加筆修正を加えるという話でしたので、数ヵ月後には脱稿のはずでしたが、なかなか捗りませんでした。手を加えだすとアレもコレもと気になるらしく、筆は進むにつれて書くことが増え、ゴールがだんだん遠くなるのです。

さらに、とある書店で聞いた所澤氏への印象――「ああ、雑学の人」というようなコメントがありました――が気に入らなかったらしく、「たしかに雑学の本だけれど、これですべてと思ってもらっては困る。よし、それなら徹底的に書くよ」と宣言。

個人的には内容が深まること自体は嬉しいのですが、これは少々困りました。当然スケジュールどおりには進まなくなりますし、頁数や価格設定なども変更する必要がでてくるかもしれません。内容のクオリティ自体は心配していませんでしたが、いつ原稿が出来上がるのかも心配です。

心配は現実になり、以降、氏から連絡があるたびに「この章はボリュームが大幅に増えそう」「ここは構成も含めて全面的に書き換える」「写真はどんどん入れる」などと言われ、前進しているのか後退しているのかよくわからない有り様でした。そのうち、四六判で出すには難しいボリュームになったので判型をA5判に変更、それでも十分ではないので2段組みにして1頁あたりの字数を増やすことにしました。20万字程度の原稿になるはずが、最終的には50万字以上になってしまいました。当初企画とはまったく別ものになってしまうので大変困るのですが、所澤氏の決意は固いものでしたし、私もどうせならば単なる焼き直しではなく、より中身のある本にしたいと思いましたし、またその予感もありましたので、覚悟を決めて最後までつきあうことにしました。



[注1]明るく気遣いのある人……怒ると迫力のある顔になるのですが、機嫌がよい時、「ちょっと無理言ってもいい?……」という時には人なつっこい笑顔になります。いろいろな職業を経ているだけあって、いかにも人生経験豊富という感じの人ですが、意外に人見知りでもあります。この頃は金髪に口ひげをたくわえていて、「やんちゃな徳大寺有恒氏」という感じでした。基本的には顔をさらさない人なので写真は少ないのですが、『時刻表タイムトラベル』(ちくま新書)には所澤氏近影があります。この写真には面白い話があるのですが、諸般の事情によりここに書くのは自粛します。

[注2]必死のパッチ……関西で、必死であること、一生懸命であることを強調するために、あるいは茶化して言う時に使う言葉(たぶんほかでは言わないと思いますが、どうですかね)。私の父もよく使っていました。パッチは股引(ももひき)のことですが、なぜパッチなのか。じつは単なる語呂合わせではなく、ちゃんとした由来があるそうで、「必死」は将棋の「必至」から来ているとのこと。詳しくは、すみませんがネットで調べてください(説明がややこしいので)。


『鉄道の基礎知識』の話(1)

12月になりました。師走最初の記事はカレンダーの紹介にしようと思っていましたが、肝心のカレンダーが手元にありませんので、予定を変更して、2010年に発行した『鉄道の基礎知識』についてお話したいと思います。

先日、『鉄道手帳[2010年版]』(2009年10月発行)を取り上げましたが、これより前に『鉄道の基礎知識』という本を出しています(2010年2月発行)。

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著者はおなじみ所澤秀樹氏で、鉄道全般に関する氏の長年の探求の成果(の一部)を注ぎ込んだ本です。以下に内容紹介を引用します。


車両、列車、ダイヤ、駅、きっぷ、乗務員、運転のしかた、信号・標識の読み方など、鉄道に関するあらゆるテーマを平易かつ蘊蓄たっぷりに解説した鉄道基本図書の決定版! 探求心旺盛な著者が、長年の調査・研究で得た成果を惜しげもなく披露、700点に及ぶ資料写真を交えながら鉄道システム全般を的確に解説します。初心者からベテランまで、楽しみながら鉄道の基本が学べる珠玉の一冊。


このブログの最初のほうの記事でも触れていますが、所澤氏には『鉄道手帳』よりも前に本書の執筆をお願いしていました。効率の点からは、本書を刊行したうえで『鉄道手帳』をつくったほうが良かったのですが、手帳の販売時期などを考えるとそうも行かず、あとから企画提出した『鉄道手帳』のほうが先に出ることになりました。振り返ってみるとそれは適切な判断でした。というのも、『鉄道の基礎知識』はなかなか予定どおりに仕上がらなかったのです。

所澤氏に企画を依頼したのは、おそらく2007年の夏のことです。鉄道趣味の入門書のようなものを作りたいと考えた私は、執筆してくれそうな人を探していました。重厚とはいわないまでも、内容のあるしっかりした本をつくりたいという思いがありましたので、その手の本をいろいろ読んだ末、所澤氏にたどり着きました。面識のない著者に対していつもやるように、まず依頼の手紙を出し、日をおいて電話をかけ、面会の約束を取り付けました。執筆してもらえることが決まったわけではありませんが、受話器を置くと、これもいつもやるように小さくガッツポーズ。第一関門突破です。

待ち合わせは舞子駅改札。約束の時間に行ってみると、パナマ帽にアロハシャツという出で立ちの浅黒い男性が異彩を放っていました。身長はそう高くありませんが、体格はがっしりとしていて存在感があり、こういってはなんですが、とてもカタギの人には見えません。暑いせいか、あるいは外の日射しに対して構内が暗いからなのか、やや不機嫌な顔をしているようにも見えます。

ほかに待ち合わせをしている人もいないので、つとめて明るく声をかけてみます。すると意外に甲高い声がかえってきました。電話で聞いたあの声です。初対面でどういう挨拶をしたかはよく覚えていませんが、とにかくここでは何だからということで、駅に隣接するビルの喫茶店に落ち着き、私は企画趣旨を説明しはじめました。

席に着いた時はわりに明るい雰囲気でしたが、私が話しだすと、氏は品定めでもするかのように黙って聞いていました。時折腕を組んだり、頷いたりはしますが、声は発しません。私はふだん早口らしいのですが、緊張すると自分でもわかるほど早口になってしまうので、時々、視界の片隅でゆるゆると回るシーリングファンを見て、気を落ち着けるようにしました。

一通り話が終わると、「いいですよ。やりましょう」の一言。そこから先の具体的なやりとりはもう忘れましたが、氏は堰を切ったかのように話しだし、いつの間にか鉄道には関係のない話へと脱線、ウエイトレスが何度も水を取り替えるのにもかまわず話し続け(私はけっこう気になっていましたが)、ともかく最後は二人とも意気揚々として帰路につきました。

次のステップは企画会議ですが、当時の熱気がよみがえったのか、少々長くなりましたので、今日はここまでにしておきたいと思います。
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