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今日はゴハチの誕生日

1946(昭和21)年の今日(10月30日)、EF58形電気機関車が産声を上げました。

『鉄道手帳[2013年版]』にはこう書いてあります。


戦後初の新製電気機関車。資材不足と技術力の低下をカバーするため、内容は実用一点張りとなったが、改良を施されながら1958年までに旅客列車用として172両が製造された。最後の本線走行可能なEF58(150号機)は2011年10月31日付で廃車。


少しだけ補足してみます。戦後の日本は、労働力の不足などから石炭の供給が非常に悪化していました。当時の国鉄における動力の中心は蒸気機関車でしたから、死活問題です。1945年12月には「石炭庁」が設置され、国を挙げて石炭の増産が進められましたが、復興需要にはとても追いつかず、列車の運転が中止されることもありました。

このままではいけない、石炭への依存度を下げなければならないということで、1946年に「電化五ヵ年計画」が立てられました。5年後までに2500㎞の電化を進め、さらに5年後までに4200㎞を電化するというものです。EF58はこうしたなか誕生したのです。

話は変わりますが、現在、『鉄道手帳』の特設サイト(ページ)を制作しています。あと数日で完成する見込みです。このサイトの目的は『鉄道手帳』の存在をもっと多くの方々に知っていただくことですが、すでにご愛用のみなさまへのちょっとしたサービスもご用意しています。そのなかのひとつに秘蔵写真館があります。題して「過ぎし日のEF58+ジョイフル&イベントトレイン三十六景」。

乞うご期待。
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資料編の編集――最初からてんこ盛り

前回までに、路線図の校正が大変だったというお話をしました。今日は資料編についてお話ししたいと思います。

資料編は、前にも書きましたように、所澤氏と編集部とで製作を分担しました。最初は30頁ぐらいのものにしようと考えていたのですが、所澤氏の熱意に押されるかたちで、結局48頁にもなってしまいました。

最初に出した2009年版には、以下の資料を掲載しました。

(1)鉄道の種類/(2)鉄軌道のゲージサイズ/(3)国内採用ゲージ一覧
(4)日本の特殊鉄道一覧/(5)列車運行事業者と線路所有者が異なる区間一覧
(6)日本の長大トンネル/(7)日本の長大橋りょう/(8)閉そく方式の種類と概要
(9)鉄道信号の種類と読み方/(10)JR列車の種類(輸送目的による区分)
(11)JR車両の形式記号・番号の読み方/(12)JR列車番号の読み方
(13)寝台特急パーフェクトガイド/(14) 全国の鉄軌道 複線区間 一覧図

上記のうち、2013年版にも掲載されているのは、(1)、(10)、(11)、(12)、(13)の5点のみです。毎年資料を差し替えることで新陳代謝を図っていることがおわかりいただけるかと思います。いま挙げた5点にしても毎年きっちり見直しており、できるだけ最新の正確な情報を盛り込むことに意を注いでいます。いちいち示しませんが、少し注意深く比べていただければ、すぐにわかると思います。

さて、苦労自慢が続き恐縮ですが、2009年版の資料のうち最も原稿整理に難儀したのは何かといえば、(9)の「鉄道信号の種類と読み方」です。原稿枚数が多いうえに構成が複雑で、図版もかなりの数があります。原稿を受けとった時、「え、これ全部ですか」と思わず聞き返したくらいです。ページ割や全体のバランスのことが心配だった私は、「手帳の資料なのだから、ここまで詳しくしなくてもいいんじゃありませんか」と抵抗しましたが、所澤氏の熱意には勝てず、原稿どおり全文掲載し、10頁強を割り当てることになりました。以下はその一部です。

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この資料はその後改訂されて、2010年版にも掲載されました。ただ、この時は入換合図の図なども加わり、信号の資料だけで原稿が倍ぐらいになっていました。すごい資料であることは間違いないのですが、それでも20頁分となると行き過ぎです。編集者としてはストップをかけねばなりません。

ただし、所澤氏は頑固ですから、腰を据えてかからねばなりません。ほかの資料が入らなくなる、メモ頁を削らざるを得ないなどと言っては抵抗し、何とかして増頁を思いとどまらせようとしました。双方譲らず、あわや一触即発というところまで気持ちが昂ぶることもありましたが、結局、所澤氏の粘り勝ちとなり、2011年版には載せないことを条件に、最後のわがまま(にはなりませんでしたが)を受け入れることにしました。

なお、この信号資料は、約束どおり2011年版には載せませんでしたが、2010年2月に発行した『鉄道の基礎知識』の巻末資料として再度改訂のうえ復活掲載しています(手前味噌ですが、現場写真も入って、さらに詳しくなりました)。

信号ほどではありませんが、(14)の「全国の鉄軌道 複線区間 一覧図」も大変でした。以下はその一部です(現物は8頁あります)。

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これも巻頭路線図と同じく所澤氏の特殊能力が発揮された一品でしたが、原稿を受けとった時の本音は「巻頭路線図もあるのに、勘弁してくださいよ」でした。首都圏の込み入った線を見ると、忌まわしい記憶が蘇り、いまでも頭痛がしそうです。が、そんなに苦労したにもかかわらず、この資料の掲載は2009年版かぎりになってしまいました。資料がまずかったからではありません。むしろ人気があったのですが、信号資料が大幅に増えたため、割愛せざるを得なかったのです[注1]

このように、全体のボリュームと質を左右する資料編の編集には悩みが絶えませんが、今後もご愛用のみなさまに活用していただけるよう頑張りたいと思います。忌憚ないご意見をお聞かせくだされば幸いです。


[注1]ちなみに2010年版では、複線区間一覧図の姉妹資料として、「全国の鉄軌道 電化方式 一覧図」という資料も入れるはずでしたが、資料編のボリュームが大きくなりすぎるため掲載を断念しました。ただし、そのままボツにするにはあまりに惜しかったので、『鉄道の基礎知識』の巻末資料として収録した次第です。「全国の鉄軌道 複線区間 一覧図」もいつか更新して、何らかのかたちで復活させたいと考えています。

本町駅のひみつ

今日は『鉄道手帳』を離れて、弊社最寄駅である大阪市営地下鉄・御堂筋線の本町(ほんまち)駅に関する小ネタをご紹介します(初心者向けです)。

下の写真は、御堂筋線ホームから中央線・四つ橋線に続く階段(幅の狭いほう)付近の天井を撮影したもの。改修中のため、あまりきれいではありませんが、何かが隠れています。

本町駅の蛍光灯


おわかりでしょうか? わからない方は蛍光灯の並び方にご注目ください。並び方が不自然だと思いませんか?

そうです。この写真だとわかりにくかったかもしれませんが、蛍光灯で「HOMMACHI」と書かれています。いつごろからこんなふうになっているのかは知りませんが、蛍光灯設置に携わった人の遊び心に拍手したいですね。知らなかった方は、この近くを通った時にぜひご覧ください。この真下を通るときにも見えますが、女性専用車両が止まるあたりで難波方面の天井を見ると、全体が見やすいと思います(くれぐれもホームに落ちないようにご注意ください)。

もうひとつ注目していただきたいのは、「HONMACHI」ではなく「HOMMACHI」となっている点。「NM」ではなく「MM」と綴っています。「本町」をキーボードでローマ字入力する際は「HONMACHI」としますから(HOMMACHIだと「ほっまち」になります)、おかしいのではないか? でも、本町駅のローマ字駅名標記は「Hommachi」(駅名標は頭文字のみ大文字)だから、これで良いのです。では、なぜ「Hommachi」なのか?

理由は簡単で、ローマ字の駅名標記は改修ヘボン式に則っているから(例外もありますが)、です。改修ヘボン式では、撥音(はねる音)である「ん」の直後に「b」「m」「p」がくる場合は、「ん」を「n」とせず、「m」とする決まりがあります。「ほんまち」の場合、「ん」の直後に「m」がきますから「Hommachi」となるのです。

ちなみに二つ隣の駅、難波(なんば)駅もこのルールに従って「Nanba」ではなく「Namba」とされています。堺筋線の日本橋(にっぽんばし)駅も「Nippombashi」で「n」ではなくて「m」が使われています。ただし、御堂筋線の動物園前駅は「Dobutsuemmae」ではなく「n」と「m」の間にハイフンが入って「Dobutsuen-mae」という標記になっています。

路線図の編集――原図は畳1枚分以上

今日は『鉄道手帳』を名乗るうえで欠かせない構成要素である「全国鉄軌道路線図」について、その製作経緯と特徴をご紹介したいと思います。長くなってしまいましたので、お時間のある時にどうぞ。

所澤氏との打ち合わせの際、「路線図はこの手帳の肝であるから、相当に工夫を凝らさねばならない。これまでにない、徹底的にこだわった路線図をつくろう」ということで意見が一致しました。まず、JR線だけでなく大手私鉄、地方私鉄、地下鉄、路面電車などの駅、停留場すべてを掲載することを目標にしました。手帳サイズで全路線全駅(停留場)を網羅しようなどとは大それた考えでしたが、鉄道手帳を名乗る以上、それぐらいはせねばならないと考えていました[注1]

それから、鉄軌道会社ごとに路線を塗り分けるというアイデアが所澤氏から出ました。路線の塗り分け自体は、時刻表などの路線図でも部分的に使われている手法ですが、それをもっと徹底的に進めようというのです。ご覧のとおり、JR路線にはそれぞれコーポレートカラーを、私鉄や公営鉄道などについてもそれぞれ独自に路線色を割り当てましたので、各社の路線の広がりや重なりがひと目でわかる、カラフルな路線図になりました。これは本手帳ならではの特徴だと思います[注2]

おおよその仕様が決まったら、次は原図作成です。でも、こんな大きな路線図は作ったことがありませんから、どこから手をつければいいのかわかりません。どうしたものかと所澤氏に相談してみると、「じゃ、私がつくるよ。中途半端な原図が出来上がってくると、かえって修正に手間がかかるし、私なりにこだわりたいところもあるから。その代わり、チェックは念入りにお願いしますよ」とありがたいお言葉。ちょっと迷うところもありましたが、結局、原図作成は所澤氏に丸投げしました。

原図作成にどれくらいの時間がかかったのか、よく覚えていませんが、氏が原図を持参してこられた時のことは忘れられません。所澤氏が描き上げた原図は継ぎ接ぎだらけで、ゆうに畳1枚分はあるとんでもなく巨大な代物で、氏がそれを広げていく間、私は呆気にとられていました。最初はあまりの大きさに驚くばかりでしたが、よく見ると路線はほとんど迷いのない線で丁寧に描かれていて、駅名も几帳面な字で書かれています。

当初予定にはなかった工夫も随所に施されており、信号場・操車場に加えて貨物専用駅、JR各社の会社境界[注3]なども書き込まれていました。線種の指定や凡例、路線図中の注釈[注4]もじつに細かく、想像以上の路線図に仕上がっていました。その完成度はきわめて高く、私は氏の才能と集中力に恐怖さえ感じるほどでした[注5]。と同時に、果たして、こんな巨大な路線図が手帳サイズに収まるのか、やや不安になってきました。

ともあれ、この巨大な原図を一通りチェックし、トレスの作成を外部に発注しました。あの巨大な路線図がB6サイズに収まるのか半信半疑でしたが、字は限りなく小さいものの[注6]、指定のページ割どおり見事に収まっています。この路線図製作の栄誉は編集工房ZAPPAの河本氏[注7]にありますが、校正も相当骨が折れました。なにせ原図が大きいので、路線を追うだけでも大変です(コピーも大変)。

前述のように、所澤原図には駅・停留場はもちろんのこと、信号場や操車場、もろもろの注釈まで書き込まれていましたから、尋常の路線図ではありません。停車場・停留場名だけで軽く9000以上あるわけです。路線の名称・色・形、停車場・停留場の名称・位置、海岸線の形……と確認すべき箇所は数知れず、寝ていても脳裏に浮かびそうなほど、校正をくり返さねばなりませんでした(それでも間違いがありました。申し訳ありません)。

この作業はいつになったら終わるのだろうか、発売予定の「鉄道の日」に間に合うのだろうか。果てしない作業に絶望感が漂います。でも、やるしかありません。


[注1]全路線全駅を網羅……ただし、専用鉄道・専用側線〈専用線〉や非営業の車庫線などは実態把握が困難なため掲載していません。何度かご要望がありましたが、曖昧な情報は掲載しない方針ですので、ご了解願います。

[注2]カラフルな路線図……路線図で気に入っている点はたくさんありますが、個人的にとくに良いと思うのは東京地下鉄・都営地下鉄路線図です。所澤原図でまず目に付いたのは、メトロと都営の線種がまったく異なること。メトロはラインカラーで色分けしているだけですが、都営のほうはラインカラーに白丸を入れた線を採用しているので、ひと目でメトロと都営の路線の重なりがわかります。路線の重なりにもこだわっています。地下鉄路線が複数ある場合は、一般に新しいものほど地下深くに建設されますが、本手帳の路線図ではここも忠実に再現しています。駅の連絡にもこだわっていて、大手町駅などの駅アイコンは実状をふまえて複雑な形にしています(写真は2013年版)。
文書名 _鉄道手帳2013年版最終DATA1


[注3]JR各社の会社境界……2009年版では会社境界を入れただけですが、その後、支社境界と支社アイコンも導入しました(いずれもJR貨物を含む)。支社アイコンは、色付き丸に白抜き文字仕様とし、昔の路線図(とういか旅行図)の趣を出してみました。これを入れることで情報量が増すだけでなく、路線図全体が引き締まったのではないかと思います。

[注4]路線図中の注……たとえば、JR東海の飯田線・平井信号場付近にはこんな注釈があります。「豊橋~平井(信)間はJR東海・名古屋鉄道の線路共有区間(線路の所有者は下り線がJR東海、上り線が名古屋鉄道)」。加えて、平井信号場そのものには引き出し線を付して「小坂井駅構内扱い」としています。「読めば読むほど味が出る路線図」というと言い過ぎでしょうか。

[注5]所澤氏手書きの原図……本当に緻密で、デフォルメはされているものの、可能なかぎり現実の地形や線形が再現されていました。こういう路線図はどうやって描き上げるのか聞いたところ、「『鉄道要覧』や通常の地図を参考にしている」とのこと。ただし、「実際に路線に乗った記憶があるので、だいたいは覚えている。地図はおもに確認に使う。線を引いていると、沿線の風景が浮かび上がってくる」とも。たしかに、いちいち地図を見ながら描いていたのでは、時間がかかって埒があかないでしょう。そもそも、たんに路線を描くならともかく、駅名をも書き込んでいくには巨大な紙面が必要であり、そうなると地図をなぞるなどの手法は使えません。路線や駅の位置関係なども重要ですから、「路線図が頭にたたき込まれている」ぐらいでないと、こんな巨大な路線図は描き上げることができなかったでしょう。

[注6]字が小さい……「駅名を大きくして欲しい」というご要望をいただきます。たしかに小さく、矯正視力1.2の私でも読むのに苦労します(ちなみに校正のときは、1ページをA3サイズに拡大しています)。ただ、手帳サイズに全路線全駅(停車場)を載せるとなると、文字は小さくせざるをえません。ページ数を増やしたら、というご提案もいただきますが、路線図の横幅そのものはページを増やすことができるものの、天地(タテ)のサイズは変更できませんからいびつな路線図になってしまいます(現行でもかなりデフォルメしていますが)。ただ、需要があれば、本手帳の大判や路線図のみを発行したいとは思います。

[注7]編集工房ZAPPAの河本氏……とても頼りになる巨漢の地図製作者(本文組版もやってくれます)。『鉄道の基礎知識』『国鉄の基礎知識』でもお世話になっています。ZAPPAという屋号は、故中島らも氏がアメリカのミュージシャン、フランク・ザッパからとって命名したとか。

ダイアリー欄の編集――補足

昨日、ダイアリー欄を毎年ひそかに改訂していることをお伝えしましたが、具体例がないとわかりづらいかもしれません。というわけで、今日10月23日の欄を例に見てみましょう。2009年版と2013年版の新京成電鉄設立に関する欄外記述を読み比べてみてください。


【2009年版】
営業開始は翌年12月27日(新津田沼~薬園台前間)。


なんともあっさりした記述です。2009年版は1週間1ページ仕様でしたので、欄外スペースがほとんどなかったせいもありますが、これだけだと「ふーん、それで」で終わってしまいますね。それでは、2013年版では同じ項目に関する記述がどうなっているのか。ご確認ください。


【2013年版】
営業開始は翌年12月27日(新津田沼~薬園台前間)。新京成線は曲がりくねった線形で知られるが、これは同線がもともと旧日本陸軍鉄道連隊の演習用線路であったことによる。演習ではあらゆる条件での鉄道敷設能力が求められたからで、結果として変化に富んだ線形となった。なお、新京成線開業にあたっては改軌が行われ、軌間は演習用の600㎜から1067㎜に変更された(その後、1953年に全線を1372㎜に、1959年に全線を1435㎜に改軌している)。


スペースやスケジュールの都合があるので毎回このように改訂できるわけではありませんが、可能なかぎり情報量を増やす方向で改訂しています。

以上、ダイアリー欄の編集についての補足でした。

ダイアリー欄の編集――ひそかに毎年改訂しています

企画が可決されると、さっそく所澤氏と企画詳細を詰める作業に入りました。数回にわたる打ち合わせを経て構成要素が出揃い、仕事の分担も決まりました。巻頭路線図と高度な知識を要する資料は所澤氏が担当し、ダイアリー部分と「JR車両の形式記号・番号の読み方」のような基本的な資料は編集部で作成することになりました[注1]

ダイアリー欄についていうと、鉄道関係の年表・事典や社史などをもとに原稿を書きためていくのですが、これが考えていた以上に難しい作業でした。まず無数にある鉄道史上の出来事のなかから項目を選ぶのに困りました。なにしろ勘所がわからないものですから、自分でもじれったくなるほど時間がかかります。そのくせ、自分が知る懐かしい車両が出てきたり、出来事に関する詳しい記述があったりすると、ついつい前後を読み込んでしまいますから、時間はどんどん過ぎていきます。

日付を特定するのも難問で、この出来事を入れたいと思っても正確な年月日が不明だったり、資料によって日付が違っていたりするので、これまた困ります。逆に、特定の日に出来事が集中していて、項目を絞らなければならないケースもありました。せっかく調べ上げた項目を削るのは忍びないことですが、やむを得ません。

所澤氏による容赦のない「赤入れ」も頭痛の種でした。氏の指摘はいずれも的確で、精度が高まっていくのはありがたいのですが、固有名詞や年月日は言うに及ばず、表現のしかたも厳密にチェックされたので原稿は朱筆だらけとなり、神経はズタズタです。再調査が必要な項目もかなり出てきて、何度も心が折れそうになりました。ただ、この時の「指導」のおかげで、鉄道本を編集するコツや心得を学ぶことができたように思います[注2]

2009年版をお持ちの方はご存じでしょうが、この時のダイアリー欄には何の出来事も記されていない箇所が多数あります(下掲写真)。締切まで項目収集にあたるとともに、【豆知識】を入れてなるべく空欄ができないように努めましたが、当時はこれが限界でした。また、この時は1週間1ページ仕様だったので、メモスペースが小さくなってしまい、ダイアリーとしての使い勝手が悪くなってしまったのも反省すべき点でした。

2009年版のダイアリー欄


これらの問題点は2010年版以降で解決していくことになります。まずダイアリーを見開き1週間仕様にし、メモスペースを確保しました。また、空欄を減らすべく資料を読み込み、すでに何らかの記述のある項目についても情報量を増やすことに努め、さらに欄外スペース(右ページの下部)の補足解説の充実を心がけました。この作業は毎年続き、2012年版でようやく空欄をなくすことができました(1週間見開きのページについてのみ)。今後も少しずつ整備していきたいと思います[注3]


[注1]所澤氏との打ち合わせ……打ち合わせはたいてい「一杯つき」で、2人で5~6時間飲むのはざら(最近は3~4時間)。最初は仕事の話をしているのですが、いつのまにか氏の大好きな「必殺」シリーズや特撮シリーズの話になってしまいます。この方面に関する氏の造詣は鉄道研究と同じくらい深く、その抜群の記憶力には毎度驚かされます。ちなみに特撮はウルトラセブンとマイティ・ジャックをこよなく愛し、カラオケは「太陽戦隊サンバルカン」(OP)が十八番です。

[注2]所澤氏の朱筆……「一般的にはこういう書き方でいいのだけど、厳密じゃない。誤解される可能性もあるから、こう書くべし」という具合によく喝を入れられました。こちらは資料をもとにそう書いているのですが、知識と経験に裏打ちされた所澤氏の指摘は説得力があり、とても勉強になりました。とはいえ、2009年版の編集を終えた際、「初めて鉄道本を編集したわりには良かったよ。まだ赤が少ないほうだよ」と慰めの言葉をいただくほど凹みましたね。

[注3]ダイアリー欄の改訂……当初は「毎年少しずつ記述を増やしていけばいい」とやや楽観的に考えていましたが、年が明けるごとに曜日がずれることを忘れていました。1年に1日ずつずれていくので(日曜日が月曜日になる。閏年はさらにずれる)、当然ダイアリーページのレイアウトも1日ずつずらさなければなりません。当たり前だし、簡単なことじゃないかと思われるでしょうが、さにあらず。日付の移動に合わせて欄外の補足解説もずらし、さらに行数を調整する必要があるのです(欄外記述があふれ出したり、少なくなったりするため)。地味ですが、なかなかしんどい作業です。こんな仕組みにするんじゃなかったと毎年思いながらも、みなさまに「へぇー」と思っていただけるよう、記述の見直し・加筆に手間ひまかけております。

『鉄道手帳[2013年版]』の訂正

発売中の『鉄道手帳[2013年版]』で誤植がありました。訂正しておわび申し上げます。

【訂正箇所】
資料編32頁「8 地方私鉄で活躍する大手私鉄・JRの中古車両一覧」のうち、仙台臨海鉄道の車両形式が間違っています。

 [誤]KD55形DL
 [正]SD55形DL

初歩的なミスで、申し訳ございません。

『鉄道手帳』をつくろう!

鉄道ファンのための手帳をつくれないか――こんな妄想を抱いたのは2007年の冬のこと。そろそろ来年の手帳を買おうと書店の手帳コーナーに行ってみると、『歴史手帳』『茶道手帳』『京都手帖』『天文手帳』といった趣味の手帳が並んでいました。ちょうどこの時、『鉄道の基礎知識』の企画を練っている最中でしたから[注1]、ピンと来ました。

「鉄道趣味に特化した手帳があったら面白いかも。鉄道関連の資料や蘊蓄が盛りだくさんで、毎日鉄道の世界に浸れるような手帳。まだどこからも出ていないはず」。じつに単純な発想でお恥ずかしいかぎりです。

正確にいうと、鉄道をテーマとした手帳は当時すでにありました。まったく同じ名前の『鉄道手帳』(オレンジページ発行)と『鉄道の旅手帖』(実業之日本社発行)の2冊です。ただし前者は乗車記録帳、後者は乗りつぶし手帳(画期的な手帳!)であり、スケジュールないしダイアリー機能をもった手帳ではありませんでした。やるなら今です。

結果からみて、これは悪くない思いつきだったと思います。ただし、こういう企画は思いついた時は楽しいのですが、実現まで漕ぎ着けるのが難しいものです。

日本の鉄道ファンは目が肥えていますから、中途半端なものはつくれません。かといって作り込みすぎると、一部の人にしか受け入れられなくなってしまいます。編集部単独で作れるようなものではありませんから、専門家の協力も必要です。

また各年版でつくる場合、おのずと販売期間が限られますし、資料を改訂するなどして新味を出し続けないとすぐに飽きられてしまうかもしれません。加えて弊社ではそれまで「鉄道本」を扱ったことがなく、私自身「手帳」を製作したこともありませんでしたから、経験もノウハウもまったくなく、企画立案の段階からかなりの時間を要しました。

幸いにして所澤秀樹氏が責任編集を引き受けてくださることになり、コンテンツのほうは何とか目処が立ちました。イメージづくりのための組見本も見よう見まねで何とかつくることができ(エクセルで作成)、参考資料もそろいました。

次のステップは企画会議ですが、その前に社内の根回し、もとい啓蒙も必要です。何しろ社内には鉄道ファンがまったくおらず(あとで1人いたことがわかりましたが)、鉄道本をつくりますと宣言しても反応はいまひとつ。

そこで、とりあえず鉄道趣味の面白さと可能性を知ってもらおうということで、「淡路町小鉄会」[注2]なるグループをひそかにつくり、コミック『鉄子の旅』を回覧したり、鉄道バーに誘ってみたりして、鉄道の認知度を高めることにしました。

やってみると意外に反応があり、「模型イベントがあるらしい」「こんな鉄道グッズがあったよ」という情報提供が続々。さらに「じつはムーンライト九州を乗り継いで鹿児島まで行ったことがある」「岩手まで各停で行った」という強者もいて、なかなか心強い。

これが功を奏したのかはわかりませんが、企画会議ではいろいろ質問が出ました。全然見込みがなければ、一蹴されるか沈黙の時間が長くなるかですから、悪くない兆候です。けれども手放しで絶賛というわけでもなく(そりゃそうです)、会議が終わった時はやや不安でした。

紆余曲折はありましたが、結局、社長が最も理解を示してくれ、「面白いやん。やってみたらええやん。ただし、3年は続けるように」と鳥井信治郎氏ばりの檄[注3]。ありがたいことです。この時の言葉は、その後の苦しい編集作業の支えになりました。



[注1]『鉄道の基礎知識』……最初はB6判300頁弱の本になるはずでしたが、ある事件をきっかけに著者・所澤氏が発奮したため、結局、A5判424頁(しかも2段組)という大著になってしまいました。2010年2月発行、本体価格2300円+税。

[注2]淡路町小鉄会……読み方は「あわじまちこてつかい」。「淡路町」は弊社本社ビル住所にちなんで、「小鉄会」は鉄道クラブを名乗るほど鉄道に詳しくないため、上方の落語家が師匠の名に「小」を付けるのにならいました。近年は休会中。

[注3]鳥井信治郎氏……サントリー創業者。2代目社長・佐治敬三氏がビール製造事業の開始を相談した時に答えた「やってみなはれ」の一言は、サントリーのチャレンジング・スピリットを象徴する言葉として有名。かつてビール大手3社に大きく後れをとっていた時代を知る者としては、近年のプレミアムモルツの好調ぶりをみると、胸が熱くなります。

★所澤秀樹著『鉄道の基礎知識』(創元社刊)

★「やってみなはれ」についてはコチラを参照(サントリーホールディングス株式会社HP)

ブログ、はじめます。

鉄道ファンのみなさま(そうでない方も)、こんにちは。当ブログをご訪問くださり、ありがとうございます。創元社で鉄道本の編集を担当している淡路コテツと申します。

おかげさまで創元社発行の『鉄道手帳』(所澤秀樹責任編集・創元社編集部)は2008年の発売開始から数えて5年目を迎えました。最初に『鉄道手帳』を出した時、少なくとも5年は続けたいと思っていましたので、今年も2013年版を発行することができ、大変嬉しく思います。ご愛用のみなさまには、この場を借りて厚く御礼申し上げます。

編集部には、毎年『鉄道手帳』をご愛用のみなさまからたくさんのお便り(アンケートはがき)が届きます。年齢層は下は8歳から上は96歳までと幅広く、職業もさまざま。鉄道会社にお勤めの方、OBの方々もいらっしゃいます。最近は女性の方々からのお便りも目立ちます。ありがたいことに、「○○の特集をしてほしい」といった具体的な注文や、「ずっと出し続けてください」といった励ましのお言葉がほとんどで、編集作業の支えとなっています。ありがとうございます。

こうしたご声援に対して何らかのお返事ができればいいのですが、それはなかなか叶いません。毎年少しずつ手帳を改良することで御礼を申し上げてきたつもりですが、やはりそれでは言い尽くせない感があります。

そこで、今年は節目の年でもありますので、みなさまへの感謝の気持ちを込めて、期間限定でブログを開設することにしました。『鉄道手帳』の製作裏話のようなことを綴っていきたいと思います。ブログをするのはこれが初めてですのでいろいろ不安ではありますが、『鉄道手帳』をはじめとする弊社鉄道本への愛着を深めていただけるようなブログにしたいと思います。

ブログの更新は弊社ツイッター(@sogensha)でご案内いたします。お時間のあるときにご笑覧くだされば幸いです。

なお現在、『鉄道手帳』発刊5周年記念サイトを準備中です。10月中旬に公開する予定でしたが、まだもう少しかかりそうです。お待たせして申し訳ございません。特設サイトの公開開始は、弊社ホームページおよびツイッター、当ブログにてご案内いたします。いましばらくお待ち願います。

★『鉄道手帳[2013年版]』の内容はコチラ(創元社HP)

『鉄道手帳』2009年版~2013年版
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