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続・本町駅のひみつ

前回、大阪市営地下鉄御堂筋線・本町駅の知られざるサインと駅名標記について書きました。今回はその続きです。

◆「本町駅のひみつ」はコチラ

下の写真をご覧ください。御堂筋線と中央線の本町駅の駅名標です(御堂筋線のホームは現在改修中のため、紙の駅名標になっています)。

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1枚目の写真は御堂筋線の駅名標です。赤い帯の下に小さく「船場西」とあります(ボケすぎですね。すみません)。2枚目の中央線のほうにも「船場西」と書いてあります。いわゆる副駅名(副名称)で、船場ブランドの復活を願う地元の要望により2011年11月に駅名標に加筆されました(四つ橋線の本町駅は「船場」からわずかに外れているため付いていません)。ちなみに堺筋本町駅(堺筋線と中央線)には「船場東」と書かれています。

大阪在住・在勤の方ならば、「ああ、船場ね」となるでしょうが、ピンと来ない方もいらっしゃるでしょうから少し解説します。

船場というのは、大阪市中央区の一部地域をさす言葉で、官庁や名だたる企業の本社が建ち並ぶ大阪の中心地域のひとつです(南北1.5㎞、東西1㎞ほど)。豊臣秀吉の命により、大阪のほかの町や京都から商人が集められたのがはじまりとされ、江戸時代には「天下の台所」の中心部として発展し、町人文化や学芸も花開きました。

経済の発展は明治以降も続き、東西の通りには薬問屋や繊維問屋が並び、一方では商社や証券会社、銀行など新しい形態の企業が集積し、商都の中心地として大いに栄えました。近年は繊維問屋街の郊外移転や企業の東京進出が進み、往年の活気は失われつつありますが、現在も全国有数のビジネスセンターのひとつと言ってよいと思います。「船場西」「船場東」という副駅名には、こうした歴史的・文化的背景があるのです。

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