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『行商列車』2刷ができました!

昨年末に刊行しました、山本志乃著『行書列車 〈カンカン部隊〉を追いかけて』の重版が出来上がってきました。

すでに本書をお買い上げくださった皆様、本書の存在をツイッター等で拡散してくださった皆様、そして本書を押し出してくださった書店の皆様、どうもありがとうございます。

じつは、もう少し早くに重版のお声がかかると期待していたのですが、それほど甘くはありませんでした。ともあれ、重版がかかって嬉しく思います。

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山本志乃著『行商列車 〈カンカン部隊〉を追いかけて』¥1,800(税別)

書影(表紙)をクリックすると、弊社書籍紹介ページに飛びます。

そこで簡単な内容紹介や目次などを確認することができますが、それだけでなく、本書の一部を「立ち読み」できるようになっています。書影右上の「クリック立ち読み」のあたりをワンクリックしてみてください。

本書の「はじめに」や目次、第1章の8頁分の「立ち読み」ができますが、スマートフォンからだとちょっと重たいかもしれません。そもそもScribdというアプリを入れないと読めないので、「いや、そこまでして読まなくてもいいよ」という方もいらっしゃるかもしれません。

そこで、以下に第1章の5頁分のテキストを掲載します。5頁分といっても、写真も含めての5頁なので、それほど字数はありませんし、何より読み手を惹きつける文章なので、スラスラと読めると思います。

ちょっとだけ補足しますと、文中に出てくる「カンカン」というのは、行商人が背負うブリキカンのことです。

著者の山本志乃氏は民俗学者で、数年前に鳥取で「カンカンさん」と呼ばれる行商人の存在を知り、以来、埋もれつつある鉄道行商の記憶を現在に伝えるべく、鉄道行商の研究を始めたといいます。

鉄道行商といえば、近鉄の鮮魚列車です。少し前までは京成電鉄にも「なっぱ電車」と呼ばれた行商専用列車がありましたが(2013年3月29日廃止)、いまでは近鉄の鮮魚列車のみとなりました。

近鉄の鮮魚列車_convert_20160614162452 山本志乃氏提供

山本氏もそれを知り、いまなお鉄道で行商をしている人たちに会って話を聞こうとします。もっとも、行商の話を聞きたいからといって、簡単に取材できるものではないことはご想像のとおり。

が、天の配剤というべきか、山本氏は近鉄グループホールディングス傘下の「旅の文化研究所」の主任研究員となっていました。

鉄道ファンではなく、鮮魚列車の存在も知らなかった山本氏が、この僥倖を知ったとき、どんな気持ちを抱いたのかはわかりませんが、私には運命的なもののように思えます。

手前味噌ながら、本作はそれを証明するかのような出来映えではないかと思います。


●早朝の松阪駅

平成二十二年九月十六日、木曜日。

朝五時にビジネスホテルのチェックアウトを済ませて、外に出た。うっすらと白んだ空に雲はない。

がらんとした駅前のロータリーを、サラリーマンがふたりほど、急ぎ足で突っ切って行く。その後に続いて、私も改札を通った。

松阪駅は、構内にJR紀勢本線と近鉄山田線のホームが並んでいる。案内表示を確かめた。六番線が近鉄線の上り、大阪方面行きの乗り場とある。

階段を上がり、連絡通路を歩いているとき、携帯が鳴った。晃さん(仮名)だ。

「今、どこにおる?」

「松阪駅にいます。ホームに降りるところです」

「わかった」

あれ?と思った。前の日確かに、今朝の始発の普通電車に乗るという話をした。だが、晃さんたちが使う行商専用の鮮魚列車の発車は、もう少し後である。この時間はまだ、仕入れで忙しいはずだ。

六番線ホームは、思いのほか混雑していた。長靴姿のおじさんやおばさんが二〇人ほど、ごろごろと音をたてて、大きな荷物を押している。

「カンカンだ!」

声に出さず、心で叫んだ。

行商人のカン_convert_20160614162504 山本志乃氏提供

カンは、想像していたよりずっと大きい。腰のあたりまで高さがあり、その上に二つ、三つと段ボール箱が重なっている。ひとりの力では到底持ち運べそうにない。台車が必要なのもうなずける。

始発電車はまもなくやってくる。すぐ隣で、おじさんがカンにもたれて電車を待っている。

「これ、なんですか?」

わかっているのに、聞いてみた。

「さかな」

「魚? どこに運ぶの?」

「大阪」

おじさんは少し眠そうだ。

「毎日?」

「そう」

「何時に起きるんですか?」

「一時」

へえ~、と相槌を打ったところに、晃さんが現れた。

こっち、こっち、と手招きされ、後を追いかける。「顔は写さんようにな。役員に話をしといたる」

写真は撮らないつもりだった。晃さんからそう言われていたからだ。しかし、撮ってもよいということなのか。その了解を組合の役員さんにとりつけるため、わざわざ来てくれたようだ。

電車の到着が迫っていた。ベンチに座っていた人たちも、立ち上がって乗車準備にかかっている。

鞄から、カメラをとりだした。とたん、「写真なんか、撮るな!」。どすの利いた声に一喝された。長靴姿の大柄なおじさんだ。

晃さんは振り返り、少しすまなそうに、「な、いろんな人がおるんや」と言った。やはり写真はやめよう。私はカメラを再び鞄に入れた。

紹介された役員さんは、ここにいる行商人仲間でも、比較的若手のようだった。「そんなら、頼むわ」。手短に説明すると、晃さんは足早に去って行った。

五時二二分発、名張行きの普通電車がホームに滑りこんできた。

「名張でみんな、急行に乗り換える。そのときに撮ったらええわ」。役員さんが教えてくれた。

「けど、顔は撮らんようにな」

ドアが開いた。風呂敷でくるんだ大荷物を背負う人、カンが載った台車を手で持ち上げる人、それぞれ手馴れたようすで次々と乗り込んでいく。

始発電車はガラガラだ。一般の乗客は、ほんの数えるほどしかいない。とりあえず、ドアに近い、ロングシートの端に座った。

気配を感じ、顔を上げた。前掛けをしたおばさんが目の前に立ち、無言で見下ろしている。なにかまずいことをしたのか。とっさに不安が頭をかすめた。するとおばさんは、顎をしゃくり、「あっちも空いてるよ」と言った。

そうか。毎朝決まった自分の場所というのがあるのだ。そそくさと移動すると、おばさんは満足気にゆったり腰かけ、ポケットから手帳を取り出して、なにやら鉛筆でこまごまと書いている。仕入れの覚え書きだろうか。

さきほどの役員さんが隣に座っていた。

「毎朝これに乗って行かれるんですか?」

「そう。一応、一番後ろの車両に乗ることに決まってるけど、すいてるからね。みな、けっこう好きなとこに乗ってますわ」

そう言うと、役員さんは着ていたジャンパーを頭からすっぽりかぶり、椅子の背にもたれて寝てしまった。

毎朝一時起きなのだ。名張までの五四分、貴重な睡眠時間である。


いかがでしょう。早朝の行商列車の雰囲気と山本氏の緊張感が、まざまざと瞼に浮かんできませんか。

私は本書のweb用紹介文を「後世に遺すべき唯一無二の行商列車探訪記」という言葉で締めくくりましたが、これは美辞麗句でなく、思ったことをそのまま書いたつもりです。鉄道行商の歴史と現在、それが育んできた豊かな食文化や人びとのつながりを知れば、世の中の見え方が少し変わるかもしれません。
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#12
近鉄の鮮魚列車は遠い存在ですが、地元・成田線でも行商のおばさんをよく見かけ、懐かしくなりました。

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