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『近鉄中興の祖 佐伯勇の生涯』にみる聞き取りの妙

 先日、『近鉄中興の祖 佐伯勇の生涯』の刊行をご報告しましたが、内容の紹介をしないままに終わっていました。

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私の感想なり、感激なりをお伝えしたいのですが、それなりにしっかり書こうとすると時間がかかりそうなので、今回は本書で紹介されているエピソードをいくつかご紹介します。

本書を書き上げるにあたり、著者の神崎先生はさまざまな関係者に聞き取り調査を行っています。近鉄の関係者はもちろん、家族、佐伯の出身地である丹原町(現・愛媛県西条市)の親類縁者、行きつけの料亭の女将など、公私を問わず佐伯に関わりのあった人たちに粘り強く取材し、佐伯の事績と行状を明らかにしています。

神崎先生の聞き取りの巧みさにはおそれいるばかりで、読んでいると、まるで自分がその場に居合わせているかのように感じます。あわてず、急かさず、本筋とはまったく関係ない話しにもじっくり耳を傾け、関係性ができたところで本格的な聞き取りに入っているからこその臨場感、説得力なのでしょう。

たとえば、本書の書き出しは大阪ミナミの料亭の一室からはじまります。大和屋の名物女将、阪口純久さんの語りですが、女将の佇まいや口調がまざまざと浮かんでくるような聞き取りです。


「御大が逝きはってから十月、まだ信じられませんのや。ひょこっと来はって、そこへ座りはって、風呂わいてるかって、あのしゃがれ声で急かしなはる、そんな気がしてなりませんのや。

ほんまに、たいそうな人でしたで。私らは、仕事先での御大はよう知りませんけど、そら、偉いお方でしたやろな。もちろん、教養はおありやし、弁もたちはったやろから。地位も名誉もおありやし、ふつうは近よりがたいお方でしたやろな。たしかに、表向きには、こわもてが鎧よろいを着たようなところがありましたわ。とくに、自分や内輪には厳しい人でしたで。

よう怒られましたで、そら。慣れんと、びっくりしますわ……。あの目ン玉で、あの声ですからな。

でも、ここに来てはるときは、素地のまんま……。といいたいところですが、あれが素地やと思うけど、とても一言ではいえませんわ。

よう怒りはるのは、こら外も内も同じですわ。頑固で短気ですからな。そやけど、強気一本で自信満々かと思えば、細かいことにもよう気がつきはるし。わがまま放題かと思えば、時折ほろっとするようなやさしいこというてくれはるし。頭ごなしに怒りはるかと思えば、すぐまた機嫌とりはるし。まあ、いろんな顔をみせてくれはりましたなあ。千両役者のようなお方でしたで。

ほんまは、初うぶで気が小さかったんやろな、と思います。そやから、かわいいんでっせ。無理いいはっても、怒りはっても、あのヤンチャな顔してニヤッと笑われたら、憎めませんねんわ。

あんなけったいなおっさん、もうでてきはらへんのとちがいまっしゃろか」



こういう書き出しを読むと、どんな人物なのか、もっと知りたくなるというのが人情というもの。文量的に比較的抜き出しやすいところを引用しましたが、本書にはほかにも優れた「聞き取り」があります。単に情報として文字を追うのではなく、じっくりと耳を傾けるように、人生の機微に思いをめぐらせながら読んでいただければ幸いです。
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